第6章 ポリエステル二軸延伸ブローボトルの醤油への採用

2023年9月15日

醤油容器の流れ

醤油の販売形態は量り売りの時代が長く、古くは、醤油の容器は輸送容器としての樽、家庭での消費局面として陶製の徳利が用いられてきた。大正時代になってガラス瓶や缶が使用され始めたが、ガラス瓶は詰替え用として使用されることも多く、樽による物流が続いた。
第二次大戦後、それまで主流であった量り売りによる販売形態は次第に減少し、家庭向けには2リットルガラス瓶のリユースとリターナブルによる販売が中心になっていった。即ち、町々にある酒販店(いわゆる酒屋さん)が購入の中心であり、商品を配達して貰い、同時に空き瓶を引き取ってもらうことにより、リターナブルシステムが廻っていた。高度経済成長時代を迎えると、スーパーマーケットが台頭し、その店頭で購入し、直接持ち帰るケースが増えていった。そのため、容器は持ち帰りに便利なように、小型化、軽量化が進み、1965年頃になると、すでにプラスチック容器(500mℓ容のPVC製ボトル:1965年9月採用)や紙容器(140mℓ、卓上壜への詰め替え用:1963年11月採用)が使われており、これらはワンウェイの容器として市場を伸ばしていった。

採用に至った時代背景

流通革命と言われたスーパーマーケットの発展に伴い、醤油容器のワンウェイ化が急速に進んだ。その時、中核となったのはポリ塩化ビニル(PVC)のブロー成型容器(PVCボトル)であった。PVCボトルはPVCに安定剤、滑剤、耐衝撃強化剤などを配合した「コンパウンド」を成型して得られる。また、PVCを食品用フィルムに加工するには大量の可塑剤の使用が不可欠であった。
1970年代になると、食品衛生上の視点から、PVCの可塑剤を中心に、容器包装から食品への移行が問題になり(例えばフタル酸エステルの問題)、加えて、廃棄物の焼却処理の観点から、PVCに多く含まれる塩素が問題視された(例えば装置の腐食、後にはダイオキシン類の問題)。食品用のPVCを製造、使用する業界団体は「塩ビ食品衛生協議会」を立ち上げ、安全に使用できる物質のリストを作成し(ポジティブリスト方式)、溶出規制と組み合わせて安全性の確保に努めた。取り組んだ一例を挙げる。PVCボトルを製造するにあたり、成型時ポリマーの分解を抑制するための熱安定剤の使用が不可欠である。当初、熱安定剤として錫化合物(ブチル化スズ)が使用されていたが、溶出したとしても分子量が大きく、より安全性が高い、オクチル化スズに、さらには、熱安定化性能がやや劣り、ボトルが黄色く着色することになるが、亜鉛の化合物(Ca-Zn化合物)に変更するなど、食品衛生上の視点から改善を進めていった。
1973年5月、アメリカでPVCボトル入りのバーボンウイスキーから塩ビモノマー(VCM、PVCの出発物質)が検出された。また、PVC製造工場の労働環境において、発がん性の観点から、環境中のVCM濃度を規制する動きがあった。即ち、発ガン物質であるVCMは重合時反応してPVCになるが、一部が未反応のままPVCボトルに残留し、容器から中身に溶出するもので、塩ビの発がん性として社会的に大きな問題となった。様々な食品中のVCMの測定法の確立、容器からの移行量の検討がなされ、酒、醤油、酢、食用油では材質中の残存VCMが1ppm以下なら食品への移行は無視できると判断され、規制(厚生省環境衛生局長通達)がなされた。一方、残留VCM量の削減に対してはコンパウンディング工程の改良、最終的には重合工程の見直しがなされ、1975年8月には0.1ppm以下のレベルが達成された。
PVCボトルの食品衛生性の問題についてはポジティブリストの作成と残存VCMの管理により一応の解決をみた。しかしながら、消費者はVCMの発がん性に敏感で、PVC包材からの様々な溶出問題、廃棄物の焼却時に発生する塩素の問題から、これを忌避する意向が強かった。

PVCボトル代替の検討

VCM問題が起きる以前から、酸素遮断性の向上、廃棄物処理性の向上を目標にPVCボトルに代わる材料を探していた。その候補として取りあげたものを列挙すると、アメリカで炭酸飲料容器として検討されていた、アクリロニトリル系ポリマー(PAN)やポリエチレンテレフタレート(PET)を用いたボトル、ケチャップで実用化されていたエバールⓇを用いた高バリアー性の多層ボトル、ナイロンを用いた多層ボトルなどが挙げられる。いずれも有望な材料と考えたが、検討中にVCM問題が発生したため、食品衛生性の観点を加えて脱PVCボトルの実用化を目指した。PANはメーカーによって原料組成が異なり、アクリロニトリルにビニルエーテル、アクリル酸メチル、スチレン、ブタジエンなどを一つまたはいくつかを共重合したものである。検討した容器の場合、水分の透過量が多く、醤油保存中の重量減少が目立った。また、アメリカでアクリロニトリルなどの残存とその溶出が話題になっており、消費者問題に発展することを懸念した。PETはダイレクトブロー法で成型したものであり、落下時の強度に不安があり、水分の透過量も多かった。評価を開始した時点では二軸延伸成型ボトルは国内でサンプル調達が困難であった。(アメリカの市場で入手した炭酸飲料ボトルで評価した結果でダイレクトブローの欠点は大幅に改善される見通しが立った。)そのため、外観、特に透明性において消費者の受容性が懸念されたものの、PVCボトルからの緊急避難として、1ℓ容の多層ボトルを1976年1月に採用した。多層ボトルは接液面にポリプロピレン(PP)を使用し、外層にナイロンを使用した二層構成のもの、エバールⓇをPPで挟んだ三層構成のもの、の二種類を採用した。エバールⓇはエチレンと酢酸ビニルの共重合を鹸化したもので、エチレン・ビニルアルコール共重合物に少量の酢酸ビニル基が残っているものである。多層ボトルの場合、PVCに比較し、酸素及び水蒸気の遮断性はよいものの、最内層のPPは醤油の香気成分を吸着すること、透明性が悪いことに難点があった。PVCが抱えていた食品衛生上の不安、廃棄物の問題があったためか、多層ボトルの外観の問題はほとんど気にされずに済んだ。
1977年1月、500mℓの容器に二軸延伸PETボトルを採用し、PVCから切り替えた。株式会社吉野工業所からPETボトルの二軸延伸成型技術を確立したとの報告を受け、注ぎ口の形状の制約で多層化が出来なかった500mℓの容器を、形状を変更して採用した。また、1978年4月には、1ℓの容器を多層ボトルから切り替えた。PETボトルの採用に当たってはPVCボトルに比較し酸素遮断性がよいことなど、醤油の保存機能が遜色ないこと、落下強度に遜色ないことを確認した。また、PETはテレフタル酸やテレフタル酸ジメチルとエチレングリコールを出発原料に重合触媒(アンチモン、ゲルマニウム、チタンの化合物)を用いて生産されるが、ボトルへの加工に添加物をほとんど必要としない。食品衛生上の視点から、容器の構成物が溶出しても安全なものを選んだ。PETボトル溶出物について、発がん性試験を実施したかったが、経費の問題もあり、実現には至らなかった。それに代わる策として、異なった製法による2種のPET樹脂のクロロホルム抽出物を使用して、ラットでの経口投与による急性および3ヵ月の亜急性毒性試験を行い、問題ないことを確認した。また、当時開発されたばかりであった、微生物を使用した変異原性試験に注目し、ポリマー、オリゴマー、モノマー、重合触媒、容器のクロロホルム抽出物について、変異原性がないことを確認した (Ames法、枯草菌を使用したLec Assaiyで評価した) 。安全性の評価については実験を設計し、帝人株式会社、東レ株式会社、東洋紡株式会社と相談、費用を負担してもらって実施した。動物試験は野村総合研究所にて実施された。
その後、把手付のPETボトルを三菱樹脂株式会社と開発し、1.8ℓPETボトルとして1987年10月に採用した。このような経緯で採用したPETボトルは醤油業界で幅広く採用されたほか、ソース、清涼飲料などでも普及していくことになった。

PETボトル採用以降の動き

増加する容器包装廃棄物の処理が問題になり、1995年に容器包装リサイクル法が制定により、醤油のPETボトルのリサイクルが義務付けられ、1997年4月に実施された。それに先立ち、環境調和型包装・容器の開発、包装・容器の再利用技術の開発、食品用包装・容器としての適性等評価技術の開発を目指し、農林水産省の助成事業「食品産業エコロジカル・パッキング技術研究組合」が1991年立ち上がった。北海製罐株式会社と共同で、中間層にPETボトルのリサイクル材を利用する3層構造のボトルの技術開発、PETボトルのリサイクル材の固相重合について検討し、一定の成果を得た。また、リサイクルのために、なるべく樹脂別の回収が望ましい。ボトルから容易に離脱する分別回収に適したキャップの開発を実施した。同時にタンパーエビデンスの観点からの改良を加えた。一度採用したが、ボトル口部内面の傷に対応できないという問題点が見つかり、現在はタンパーエビデンス機能だけを残したものになっている。
最近、醤油を使用し終えるまで、酸素との接触をなるべく抑えることを実現した容器が使用されるようになった。醤油は、酸素に触れると色が濃くなり(酸化褐変)、風味を失う。PETボトルは開封すると酸素の供給がほぼ自由になり、醤油の容量が少なくなる程品質の低下が激しくなる。これを防ぐ機能をもった容器をヤマサ醤油株式会社はスタンディング・パウチでキッコーマン株式会社はスタンディング・パウチとボトルタイプで商品化している。筆者には実現出来なかった機能で、今後発展していくものと考える。

製品・技術の記録

これらの製品の開発との関連性

  1. 500mℓPVCボトルの充填口のシール方法、ヒートシールの実用化(1968年)
  2. 1ℓPVCボトルの性能評価と実用化(1969年)
  3. 醤油ほか内容物へのVCMの移行量の測定、移行量の低減化(1973~75年)
  4. 1ℓ多層ボトルの性能評価と実用化(1976年)
  5. 500mℓ二軸延伸PETボトルの性能評価と実用化(1977年)
  6. 1ℓ二軸延伸PETボトルの性能評価と実用化(1978年)
  7. 1.8ℓ把手付き二軸延伸PETボトルの性能評価と実用化(1987年)
  8. 回収したPETボトルのリサイクルに関する研究(1991~94年)
    (食品産業エコロジカル・パッキング技術研究組合)
  9. タンパーエビデンス機能を持った易離脱製キャップの機能評価と実用化
    (~2000年頃の数年間、実用化するもすぐに撤退)

書籍・研究論文

◎ 二軸延伸PETボトルの開発関連の記事
「PETボトルを採用する」  PACKS 1978年2月号
「コレって誰が考えた 『PETボトル』」 サンデー毎日 1998.10.4号
「産業の礎を行く 第六回」  Goods Press 1998年10月号
◎ 書籍(共著)
「新増補 醤油の科学と技術」 公益財団法人 日本醸造協会
「環境にやさしい食品包装技術の開発」食品産業エコロジカル・パッキング技術研究組合
◎ 文献
しょう油の特性とその容器・包装 ジャパンフードサイエンス 1976年7月号
日本醤油研究所 第9回研究発表会要旨集  1979.5.15
醤油容器としてのPETボトル  日本醤油研究所雑誌 Vol.6,No.4,1980
醤油容器としてのPETボトル  日本醤油研究所雑誌 Vol.13,No.4,1987
マンパックとその包装システム 包装技術別冊 No.3 1984年1月5日刊
醤油、調味料にみるクロージャーの傾向 包装技術 1985年8月号
醤油およびその周辺調味料の容器について 醸協 Vol.82.No.10.1987

(執筆者:佐伯昌俊:元キッコーマン株式会社)

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