第24章 脱酸素剤「エージレス」開発

2023年9月25日

脱酸素剤開発時の時代背景

鉄系脱酸素剤「エージレス」の上市は1977年であり、その先行商品であるハイドロサルファイト系脱酸素剤「ケプロン」の商品化から2年後であった。戦後30年前後となるこの時期は、食品保存技術のターニングポイントであった。終戦直後の飢餓状態から脱した後、高度成長の波に乗って食料事情は好転し、大量供給のための保存技術の必要性が急務になっていた。このために食品添加物が多用され、1970年代にはAF2の発がん性等が社会問題となっていた。
安全な食品保存技術が求められ、1960年代に登場したレトルト食品、ガス置換包装、真空包装などの技術も市場に定着しつつあった。脱酸素剤が世に出たのはそんな状況の中であった。従来技術に比較して容器内の酸素をより低濃度領域に保持することの出来る脱酸素剤の登場は、食品の鮮度保持に一石を投じたと云える。

脱酸素剤の開発

食品の鮮度保持に用いる脱酸素剤を開発する上で重要な点が幾つかあった。
まず考慮すべきはその安全性であった。先行商品はハイドロサルファイトを利用するものであり、我々も当初、これを主剤として製品開発を進めていた。しかし、基本的に硫黄化合物の還元性を利用するため、食品雰囲気への亜硫酸ガスの移行は避け難く、素材そのものが食品用途には適さないとの判断から、別素材への転換を指向した。
探索研究の中から見出されたものが活性化した鉄粉を主剤とする脱酸素剤であり、安全性の点でも自信を持って開発に取り組むことが出来た。
次に、機能面で考慮したことは、商品取扱い上の容易性と性能の安定性に対する配慮であった。脱酸素剤はガスバリアー性の袋に密封して商品としているが、食品包装袋に入れるにはどうしても一度空気に触れることとなる。その間は酸素を吸収して能力が低減することとなる。食品包装袋に入れる前にはあまり酸素を吸収せず、食品と共存させ密封してはじめて酸素吸収を開始させる方法はないのか。この方法を求めて開発した脱酸素剤が、多水分系食品に用いる水分依存型の脱酸素剤である。鉄の酸素吸収は、錆の発生メカニズムを密封袋内で加速させるものであり、反応には水が必須である。この反応に必要な水を食品から蒸発する水分に求めることにより、使用前の空気下での酸素吸収を抑えることが出来た。もちろん、全ての食品には適用出来ないので、脱酸素剤自身の包材の通気性を適切に調整した自力反応型も用意し、使い分けるように設計した。
包装容器内の脱酸素は、単に脱酸素剤が酸素吸収したというだけでは達成出来ない。ガスバリアー性の包装容器の中でこそ成り立つ現象であり、必要なことは、酸素吸収力とガスバリアーの両機能が合致して初めて達成し得る状態である。従って、目に見えない酸素が除去されている状態を、いかに簡便に使用者に判らせるかという課題は、この脱酸素剤の開発を進めていく上で極めて重要なテーマであった。この必要性に基づき、我々は、脱酸素剤と同時に酸素検知剤の開発に取り組んだ。そして、酸化還元電位を利用した色素変化を用い、好気状態ではブルー、嫌気状態ではピンクとなる錠剤状の酸素検知剤「エージレス-アイ」を開発し、脱酸素剤「エージレス」と同時に上市することが出来た。
当初から、商品形態としては酸素吸収能のある原末を通気性包材内に充填した小袋型(sachet)とすることを前提に開発を進めたが、結果的には国内で種々の食品業界に広範囲に適用される適切な形態であったと判断している。
酸素吸収フィルムの開発というテーマは当初からあったが、1970年から1980年代の多層ガスバリアー性フィルムの技術に脱酸素機能を付加することを求めるのは時期尚早であったと思う。大小・種々の食品業界への脱酸素剤の普及は、脱酸素機能とガスバリアー包材による密封機能を分離して併用したからこそ、着実に達成出来たのだと思う。幸い日本では、乾燥剤という包装食品に同封する小袋型の品質保持剤の先行事例があり、消費者への違和感も少なかった。
脱酸素剤の開発時には、既に、PVDC塗布のOPPやONの積層フィルムが存在し、ガス置換や真空包装が食品業界に浸透し始めていた。しかし、これらフィルムのシール特性や耐ピンホール性は、使用法も含めて、必ずしも満足できるものではなく、脱酸素剤の適用に当たっては、これらのフィルム特性の改善を要求しつつ展開していった。

脱酸素剤利用の普及

今から思うと、食品業界は、脱酸素剤の出現を待望していたのかもしれない。前述した如く、当時の食品業界は、自ら作った食品を如何に安全に簡便に品質を保持するかが緊急の課題であった。食品と脱酸素剤を一緒にハイバリアーフィルムに密封するだけで、驚くべき品質保持効果が得られることが分かると、脱酸素剤は急速に普及していった。

包装アーカイブス_24章_図表002_脱酸素剤の残存酸素検出紙
多様な機能を持った脱酸素剤の製品
包装アーカイブス_24章_図表001_多様な機能を持った脱酸素剤の製品
脱酸素剤の残存酸素検出紙

そして、脱酸素剤を利用して新しい食品や新たな流通が生まれていった。生切餅や半生菓子が広域流通に乗る商品に変わると、種々の食品群で同様の展開が始まった。食品業界に起きた本物志向、生(なま)志向のブームが加速する一助ともなった。
食品の新しい企画に対応出来る脱酸素剤の改良も求められた。個々の食品メーカーの要望に応じて新規の脱酸素剤の開発も進み、脱酸素剤への脱酸素以外の機能の付与や新しい形態の開発など、様々に多様化していった。脱酸素剤自体が、食品業界のニーズによって進化していったと云える。

脱酸素状態に対する新たな認識

当初、脱酸素剤の利用は食品に発生するカビや、油の酸化、変色や異臭等の防止策から始まった。これらの現象は酸素によるものであり、防止策としては極めて効果的に働いた。そのように利用される中で、次第に明確になってきたことは、被害の防止だけではなく、脱酸素剤を適用すると、食品本来の風味や味を長く保持しているという事実であった。
実は、脱酸素剤の本質的な価値は、このような食品本来の特質を維持することにあると云うことが次第に明確になってきた。「食品固有のおいしさ」を保持することが、脱酸素剤の最大の機能であることを確信した。と同時に、酸素の食品劣化に及ぼす根深さを改めて認識することになった。

脱酸素技術の展開

脱酸素剤「エージレス」の開発を開始してから35年。市場のニーズに応える形で、我々は脱酸素剤に対して様々な機能付与し、様々な形態を開発し、用途の拡充を進めてきた。それらは以下のようなものである。

①機能面では、鉄系に加えて、還元性有機物を利用した脱酸素剤を開発した。脱酸素機能のみならず、炭酸ガス発生機能や炭酸ガス吸収機能も付与した。酸素吸収に水を必要としない脱酸素剤の開発と、乾燥機能との併用も可能にした。
②形態面では、粉末状の脱酸素剤原末を充填した小袋型に加え、ラベルやパッキンになるタイプも開発した。また、脱酸素フィルムの開発も行った。酸素吸収に密封容器の特性を加えて機能の拡大を図った。
③用途面では、食品のみならず、医薬分野、機械電子部品、文化財など多岐に亘る物品の保存まで対象を拡大していった。また、この脱酸素剤を用いた嫌気性菌培養システムをも開発した。

 小袋型の脱酸素剤は、脱酸素雰囲気を作り出す素材であり、ガスバリアー包装が無ければ成り立たない。脱酸素剤の登場と展開に呼応して、包装業界におけるガスバリアー包装の開発と改良は飛躍的に進歩してきた。様々な包装材料が開発され、信頼性も格段に向上した。脱酸素剤は、機能としての信頼性がこのガスバリアー包装の性能向上に支えられて、市場が拡大出来たと云っても良いであろう。
そして、1990年頃より、食品包装分野は、欧米を含め、従来の酸素の遮断のみを追求するPassive Packageから、積極的に酸素を除去しようとするActive Packageへの道を歩み始め、意欲的な開発が進められている。この道は、まさに、今まで相補い合ってきた脱酸素剤とパッケージングの統合する道である。

(執筆者:小松俊夫、元三菱ガス化学㈱取締役脱酸素剤事業部長
元エージレスサービスセンター㈱社長)

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