第23章 Kセロハン・Kコート二軸延伸ポリプロピレンの開発

2023年9月25日

開発に至った背景と技術的背景

大日本セルロイド株式会社(現、株式会社ダイセル)のフィルム事業は、昭和7年に兵庫県神崎(現尼崎市)にある神崎工場でセロハンフィルムの工業化に始まり、昭和10年台に入ると、硝化綿や塩ビを塗布した防湿セロハンを開発し、その一部は日本専売公社(現JT)の葉巻タバコの包装等に使用された。

戦後は、蓄積した製膜および塗布技術を活用してガス遮断性、防湿性の高いKコートセロハン事業を展開するとともに、ポリプロピレンの二軸延伸技術の確立によりKコート二軸延伸ポリプロピレンフィルムの開発、上市を行った。セロハンフィルムは公害対策上の問題もあり、昭和50年に原紙フィルムの製造を停止し、他社からの購入に切り替えた。また、延伸ポリプロピレンフィルムは平成15年に当社関連会社での製造に集約した。平成16年にフィルム事業を分社化し、現在ダイセルバリューコーティング株式会社として、今もなお、これまでの塗布技術を生かしたKコートセロハン(以下、Kセロハン)、Kコート二軸延伸ポリプロピレン(以下、KOP)を含む各種コートフィルムの開発、製造、販売を行っている。

防湿セロハンの開発

戦前の防湿セロハンは硝化綿系が主流であったが、戦後の日本ではデュポン社の特許の関係で塩ビ系が主流となった。当社は、昭和26年に塩化ビニル-酢酸ビニル-無水マレイン酸共重合樹脂の溶解液をコートした防湿セロハン「MHセルシ」を上市した。

市場では折からの自動包装機の開発と共に、タバコやキャラメルの小箱包装が始まり、防湿性とヒートシール性を有する防湿セロハンが使用された。小箱包装ではヒートシール強度が要求され、当社は防湿コートのアンカー剤に特殊な工夫を行ってこれを解決した。また、同時期に防湿セロハンにグラビア印刷が始められたのもこの頃であり、特に美麗印刷用として防湿セロハンが好まれたが、印刷適性と印刷機との機械適性は相反する関係であったことから、開発者は両適性を兼備する技術の改善に苦労したと記録されている。現在もこの技術をベースに製品開発を行っている。

Kセロハン、KOPの開発

当社が昭和37年に日本で初めてセロハンに“防湿性と酸素ガス遮断性”に優れた塩化ビニリデン樹脂を塗布したのがKセロハン「K-セルシ」である。東京オリンピックを2年後に控えた時で日本経済も高度成長に向かっている時代であった。食品包装業界も活気を帯び始めており、Kセロハンも今までに無い“防湿性の高い”“酸素ガス遮断性のある” セロハンとして脚光を浴び始めた。

23章 図1
発売当初の「K-セルシ」

 一方、石油化学から誕生したポリエチレンフィルム(昭和31年頃)、ポリプロピレンフィルム(昭和37年頃)が登場したが、両者とも防湿性は優れているものの酸素ガス遮断性がなく、食品包装用途には限度があると考えた。そこで当社は、昭和45年に二軸延伸ポリプロピレンフィルムにKセロハンで得られた処方技術で塩化ビニリデン樹脂を塗布したKOP「セネシKOP」を上市した。当時は、パッケージ・ウォーと云われる競争の時代で、特にスナック食品が店頭を賑わしており、KOPはこの分野の市場拡大に寄与した。

包装アーカイブス_23章_図表002_「K-セルシ」
「K-セルシ」
包装アーカイブス_23章_図表003_「セネシKOP」
「セネシKOP」

Kセロハン・KOP上市の初期

両製品とも特徴は防湿性とガス遮断性に優れたフィルムで、特に食品包装に欠くことができない多くの特性をもっている。包装機械適性の良いKセロハンは単体でキャンディー、チョコレート、タバコの小箱オーバーラップ包装や、薬・錠剤のストリップ包装等に使用された。

昭和40~50年は押出しラミからドライラミ、ノンソルラミ、ホットメルトラミ等の様々なラミネートフィルムが市場に出るようになった。一方、シーラントもPE、CPP、共押しフィルムなど多種多様なフィルムが使用され、Kセロハン/PE、Kセロハン/CPP、KOP/PE、KOP/CPPのフィルム構成で乾燥食品(スナック菓子、米菓、その他)、水物包装(漬物、味噌、こんにゃく、その他)、真空包装(ハム、たくあん、煮豆、その他)の分野で一挙に使用されるようになった。特に、味噌、たくあん等は、店頭で陳列されている間に変色やカビが発生する問題があり、経時による変色が少なく、ボイル殺菌ができるKセロハン/PE、KOP/PEが喜ばれた時代である。前述の通り、Kセロハン、KOPの多くは食品に使用されたが、食品は品質劣化要因が多岐に渡るため、当社の開発者、営業担当者は、食品の特性、加工条件、包装機械の種類をよく把握して適性フィルムを薦める必要があった。 以下に、品質劣化要因と包装フィルムに要求される特性(機能)の関係を示す。

<食品の品質劣化に及ぼす要因>

(1)水分の吸脱湿

(2)空気中の酸素による酸化

(3)好気性菌によるカビの発生

(4)光(主として紫外線)による変色

(5)温度による劣化

(6)害虫による劣化

<包装フィルムに要求される特性>

(1)防湿性

(2)ガス遮断性(特に酸素ガス遮断性)

(3)遮光性(大半はアルミ箔、アルミ蒸着、印刷等で防ぐ)

(4)保香性

(5)印刷適性

(6)包装機適性

(7)ヒートシール性(小箱オーバーラップ包装用)

エージレスとの出会い

昭和52年頃に、三菱ガス化学株式会社から脱酸素剤“エージレス”が上市された。エージレスを使用することにより袋内の酸素を無くし、食品にカビが生えないというものである。包装フィルムは極力酸素ガスを透過しないものが必要とされた。この時、財団法人日本食品分析センターのご協力得て、3者で何度も評価し、打合せを行い、エージレスとKセロハン、KOPの組合せが生菓子の品質保持に最適との結論を出した。現在でも、カビ防止包装には、酸素ガス遮断性の高いフィルムとエージレスの組合せで広範囲に亘り使用されている。エージレスの登場は、当社にとっても、食品業界にとっても、極めて大きなプラスとなった。

携帯カイロ用KOPの開発

昭和53年頃に開発された携帯カイロ(使い捨てカイロ)は、前述のエージレスと極めて近い原料が用いられている。酸化反応により鉄が酸素を吸収する特性を利用したものがエージレス、鉄が酸化する時に発生する熱を利用するものが携帯カイロである。

携帯カイロは、消費期限が長期に設定されており、現在の一般的なカイロの消費期限は製造後約4年である。そのため、包装用フィルムには季節変動に強く、高い酸素遮断性が求められた。一方、ガス遮断性が良すぎると内部で発生したガスにより袋が膨張する等の問題もあることがわかった。また、発熱時の最高温度、平均温度、持続時間をコントロールする材料の一つが水分量であることから、包装材料として高い防湿性も必要とされた。当社は、これらの必要機能を満足するため、KOPをベースに携帯カイロ用のKOPを開発上市した。現在、携帯カイロ用フィルムの当社のシェアは約95%である。

2011年3月に発生した東日本大震災では携帯用カイロが緊急支援物資となり、当社は、原材料手配に苦労しながらも最優先で生産を行い、全ての受注に応えることができたことは、今もなお当社従業員全員の心に強く残っている。

フィルムセンターの設置

昭和43年7月、神崎工場内にフィルムセンターを設置し、縦ピロー包装機、横ピロー包装機、液体充填機、真空包装機、レトルト試験機、各種の保存性評価機器などを順次購入し、包装機械メーカーと共に改良に努め、ユーザーを招いて共同して問題の解決にあたった。そこで得られたユーザーにおける問題点は、Kセロハン、KOPの改良だけでなく、新たな商品としてK-PET(セネシKET)、K-ナイロン(セネシKON)の上市につなげていった。

このように、当社フィルム事業は、食品分野、包装分野の方々と共に商品開発、改良を行い、現在に至っている。今もフィルムセンターで共に課題解決を行った多くの方々が、食品業界、包装フィルム業界で活躍されており、その繋がりは当社の開発者の財産として新たな商品開発に生かし続けている。 参考資料 社史:「ダイセル化学工業60年史」 その他情報:都出良一氏(ダイセルOB)から多くの貴重な情報を頂いた。

(執筆者:廣田秀児;株式会社ダイセル)

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