第19章 1980年代の容器戦争からハイガスバリアー容器へ

2023年9月21日

容器の多様化と容器戦争

1980年は、第二次オイルショックで幕を開け、‘80年代前半は決して好景気ではなかった。ビール業界にあっては、ビールの総需要が低迷する中で消費の個性化が進み、市場は一層成熟化の様相を深めていた。ビールはリターナブルびんが主で、熱殺菌ビールが中心であった。その中で、生ビールの好調な売れ行き、消費者の生ビールへの志向の強さ等の環境変化を受け、‘81年にサッポロビールから500mℓ缶の「生」が発売された。更に、各社は2~3リットルの金属製小型生樽を市場投入にのりだした。樽はアルミ製で、広口のイージーオープンのリップキャップであった。
その背景としては、単身家庭の増加や、共働き家庭の増加、レジャー志向の増加などにより、軽くて割れない、栓抜きがいらない、持ち運びやすい、捨て易い、手軽に飲める、適量である等のビール容器が受け入れられるようになった。また、ビールを小グループで飲むときに、会話を弾ませ、その場の雰囲気を盛り上げるコミュニケーション志向の市場でもあった。
また、サッポロビールから「びん生樽型小びん300ミリリットルのぐい生」が発売された。びんは樽型で、グラスを使わずに、そのまま広口のリップキャップであった。その後、各社は「マイボーイ」、「極生」、「こきりん」で追従した。金属缶ではバルジ加工した変形缶も商品化された。
清涼飲料業界にあっては、‘82年以降、プレラベルの300ミリリットルのワンウェイガラスびんが急速に市場に出てきた。PETボトルは、日本において‘77年に0.5リットルの醤油容器として使用が開始された。その後、‘82年には食品衛生法が改正されて清涼飲料用にPETボトルの使用が認められた。
食品衛生法の改正以前の‘81年3月にPET樹脂を採用した「サッポロ樽生2リットル」が発売された。ビール業界にとってはまさに驚きであった。
この樽生容器の特徴は、PET樹脂の厚みが0.55mmで、清涼飲料のPETボトルに使用されている厚みの約2倍の厚みであり、酸素の透過を減少させるものであった。胴体は、PETボトルそのままであるが、上部・下部にポリエチレン製のカップを取り付け、全体として樽型の形状になっている。その理由は次の通りである。
耐圧容器としてのPETボトルは、底は球形をしている。PETボトル自体では倒れるので底部にベースカップ(袴状脚部)をとりつけている。肩部・口部には底部と同じ形状の上カップを取り付けて、全体を樽型デザインとしている。
口部は、無延伸であるので口部結晶化装置で球状結晶化させ、耐熱性を付与している。口部は非透明の白色であるが、着色されており、外観では識別できない。着色は、雲母を混ぜてパール状で、光線を透過させないようにして、ビール品質劣化防止策を施している。この樽生のクロージャーは、アルミ製のいたずら防止機能を持つスクリューキャップで、女性の手でも容易に開けられる利便性のものであった。
‘82年以降、サントリー社は、注ぎやすさの機能性を高めるために把手付きPET樽を発売した。その後、アサヒ社が続き、‘84年にはキリン社が参入し、面白容器やキャラクター容器など話題性を持った商品が各社から次々と市場に投入された。この容器による新商品競争は若者や女性の感性に訴えるファッション性を強調したところに大きな特長があり、まさに「容器戦争」となった。
把手やベースカップのついたPET容器は、ごみ問題の指摘もあり、各社の新たな商品としてベースカップを取り除いた自立型のPET容器も上市された。
アサヒ社は、「生とっくり2リットル」(写真1)を上市した。日本古来の伝統的な酒の容器に、ヨーロッパ伝来のビールを入れるこの「和と洋の組合せ」のミス・マッチングの意外性が先ず、ハッとさせた。この「とっくり」は女子大生のモニターからの提案であった。
サントリー社は、樽型をしたスチールの3ピース缶(300mリットル)を上市していたが、‘84年にはペンギンキャラクターの「ペンギン缶」を発売し、PETボトルについてもペンギンをデザインした「まる生1.8リットル」、「まる生900ミリリットル」、塩化ビニリデンコートした「こまる300mリットル」等(写真2)を上市した。

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筆者は、開発担当として、ビール及び清涼飲料のPET容器の導入に参画した。最後発のキリンビールは、同化戦略として他社と同じ樽型把手付き容器を基本に、差別化戦略として、自立型PET容器による「ビヤシャトル1.2リットル」(写真3)や紙管で自立させる「絵ダル」を投入した。
アメリカ航空宇宙局(NASA)は‘81に、スペースシャトル(再使用有人宇宙船)の打上げに成功した。「ビヤシャトル」は、スペースシャトルに因んだネーミングで、発売と同時に大きな話題となり、その年の大ヒット商品となった。
品質保護のためMXD6ナイロン(メタキシレンジアミンー6ナイロン)をドライブレンドしてガスバリアー性を2~3倍向上させた。一方、鮮度保持のためメーカーから末端小売店までの配送は低温流通システムを採用したが、小売店での低温保管は難しく、常温で保管されることが通常であった。従って、各社共通であるが、PET容器入りビールは、品質的には不十分であった。
87年頃になると、容器戦争も沈静化し、各社は味と品質による商品戦略への転換を図り、以降ビール市場は中身の多様化の時代に入ることになった。

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ハイガスバリアー容器の再使用可能PANボトル

‘89年には、サッポロ社から「サッポロビール園2.4 ℓPAN ボトル」(写真4)が上市された。この容器は、PETボトルのワンウェイ容器と違って、容器を回収し、洗浄して再使用することができるリターナブルのプラスチック容器である。PANはポリアクリロニトリル(polyacrylonitrile)樹脂の略称であり、アクリロニトリル(AN)を50%以上含む基ポリマーを主成分とするプラスチックと定義される。ビール容器として使用されているPANは、ANとスチレン(styrene)の共重合体で、その組成比はANが約70%、スチレンが約30%である。このPANボトルは、ガスバリアー性ではPETの4~5倍、熱アルカリによる洗浄性も十分であり、リターナブル容器として最適であった。
この容器は保証金込みで売られ、空き容器を酒屋に返却すれば、保証金40円が戻される。しかし、リターナブル容器として、定着しなかった。

DLC被覆PETボトル

ビールは他の食品と同様に保存中に品質が変化する。特に酸素には鋭敏で1ppmでも劣化に大きく影響する。従って、酸素が極力入らないような工夫をしてびんや缶に充填している。従来のMXD6ナイロンでガスバリアーを向上させたPETボトルやPANボトルでは不十分であった。容器戦争の一段落後の‘85年に21世紀(2000年)に向けての「21世紀の容器包装の展望」のプロジェクトチームを発足させた。次世代技術について物真似でない・世界があっと驚くもの・オンリーワン技術というコンセプトを掲げた。容器については、「再使用ビールびんの軽量化」と「ガラスびん並みの性能をもつプラスチックボトル」の二つに絞り込んだ。
ドイツのアーヘン工科大のプラズマ研究レポートを参考に‘90年にPANボトルの内面にポリアクリロニトリル100%のプラズマ重合を静岡大へ依頼し、実験を試みたが、モノマーがプラズマで分解し、CとNの種々な化合物が生成した。CとN化合物の安全性評価は非常に難しいためプラズマ重合を断念した。
‘91年に大学院でガスバリアーの研究をしてきた学生を採用し、その新入社員に「PETボトルの内面に超ガスバリアー膜のコーティング」のテーマを与えた。周期律表の炭素に注目し研究開発を進めた。キリン社は、世界で初めてPETボトルのプラズマCVDによるDLC被覆基本特許を‘94年にサムコインターナショナルと共同出願した。
Diamond Like Carbon(ダイヤモンド状炭素、DLCともいう)は、黒鉛の2次元とダイヤモンドの3次元の構造を合わせ持つものであり、高硬度、耐摩耗性、低摩擦係数等の特長があり、切削工具、軸受け部品等の機械部品、磁気テープ及びハードディスクドライブの磁気ヘッド及びメディアに利用されている。
ガスバリアー性能については、例えば、酸素透過量は容器(350~500mℓ)当り0.001ml/dayで王冠のポリエチレンから透過してくるレベルであり、ガラスびんに近い性能である。非被覆PETボトルのガスバリアー性の10~20倍である。
ビール用には使用されていないが、2004年に加温用茶飲料として商品化され、その後、焼肉のたれ、高級な炭酸飲料、ワイン、清酒等に採用されている。

参考文献

  1. 河内洵、「瓢箪から駒、とっくりから生ビール」、包装技術、22,706(1984)
  2. 木本匡亮、「キリンのビヤシャトル開発物語」、包装技術、22,712(1984)
  3. 今西正道、「サントリー生ビールペンギン缶」、包装技術、22,724(1984)
  4. 飯田弘、「サッポロビール園、2.4リットルPANボトルの開発」、包装技術、29,984(1991)
  5. 河西勝興、石田庸三、吉元義久、「ビール容器の多様化の流れ」、包装技術、38,1090(2000)
  6. キリンビールの歴史(新戦後編)(1999)
  7. キリンビール、サムコインターナショナル:特許2788412
  8. 鹿毛剛、「ガラスびん並みのDLCコーティングPETボトル」、日本包装学会誌、19,493(2010)

(執筆者:鹿毛剛、鹿毛技術士事務所)

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