背景
包装食品の品質劣化には種々の原因が関与しているが、その中でも酸素による内容食品の酸化劣化の影響は非常に大きい。製造直後は高品質の加工食品であったとしても、包装後の保存中に容器の内部に存在する酸素との接触により劣化が生じ、品質が低下してしまう。このため、酸化劣化し易い食品の場合には、劣化を抑制するためにアルミ箔のような酸素透過性の非常に小さいバリアー材を用いた包材で包装するのが通例である。しかし、このような場合、包材を通して外部の大気から侵入する酸素は抑制できるものの、包装前に食品が抱き込んでいる酸素(固体食品:空隙中の酸素、液体食品:溶存酸素)や包装工程で容器内部に入り込む酸素による劣化に対しては効果がない。
包装した時点で容器内部に存在する酸素による劣化を抑制する方法として、窒素等の不活性ガス置換包装や真空包装等が実用化されているが、(1)容器内部の酸素を完全に除くことは不可能である、(2)包装設備は大がかりなものとなる、(3)高速充填包装が困難である、等の欠点を持っている。また、食品と一緒に小袋状脱酸素剤を容器中に入れる方法も実用化されており、この場合は脱酸素効果により容器中の酸素を実質的にゼロにすることが可能であるが、(1)消費者が誤食したり、小袋が破袋する可能性があり、(2)液体食品には適用できない、(3)高速充填包装が困難である、等の欠点を持っている。
写真1 味の素の「白がゆ」
1990年代において、この課題解決策として、容器自体に脱酸素機能を持たせた酸素吸収包材の開発が行なわれていた。これは多層構造の容器においてバリアー層の内側に酸素吸収層を設けたものであり、脱酸素効果により容器中の酸素を実質的にゼロにすることが可能であると同時に従来の容器と同様に取り扱えるため前記のような欠点がない。ただし、脱酸素剤を包材中に担持させるため、容器当たりに使用できる脱酸素剤の量には限りがあり、また酸素とは包材中で接触することになるため、被包装食品の効果的な酸化劣化防止のためには小袋状脱酸素剤に比べて非常に活性の高い脱酸素剤が必要となる。更に、脱酸素剤の食品への移行防止といった衛生上の問題も小袋状脱酸素剤より難しく、水分活性の低い乾燥食品に適用する場合、一般に用いられている鉄系の小袋状脱酸素剤では鉄粉の酸化に必須の水分を脱酸素剤にあらかじめ添加しているが、酸素吸収包材の場合はそのようなことができない。
酸素吸収包材には以上のような技術的ハードルが存在するため、日本の食品関係で当時実用化されていたのは、無菌充填米飯用のトレー(東洋製罐㈱の「オキシガード」容器)くらいであり、レトルト食品での実用例は無かった。
開発の経緯
味の素㈱とクノール食品㈱は、レトルト「白がゆ」について容器内部の酸素濃度を少なく調整した後レトルトによる調理・殺菌を行うと手作り品に近い良好な味覚になることを見出し、1991年に特許出願している。通常の土鍋などでの調理の場合、水から100℃まで加熱する過程で水中の溶存酸素及びヘッドスペース中の酸素が追い出され、硫化水素、アンモニア、カルボニル化合物といった米飯の香気成分がバランス良く生成する。レトルト「白がゆ」では完全密封後に加熱調理されるため、初期に存在する容器中の酸素を追い出す事が出来ず、酸素由来のレトルト米飯独特の味覚の低下を引き起こすが、初期に酸素濃度を少なく調整し土鍋などでの調理と類似した状況を作ることにより、手作り品に近い味覚を実現出来るのである。そして、更なる味覚向上対策として、より手作り環境に近くなると思われる酸素吸収包材の適用を企画したが、1997年当時は要件を満たすレトルト食品用酸素吸収包材が世の中に存在しなかったため、味の素㈱と100%子会社の軟包材コンバーターであった旧㈱エースパッケージで連携して酸素吸収包材の開発に着手した。
開発のポイント
官能評価では、予想通り酸素吸収包材によるお粥の味覚の大幅な向上効果が確認され、また、包材の脱酸素能力と味覚向上効果には正の相関関係があったため、可能な限り脱酸素能力の高い包材開発が必要であった。
脱酸素剤としては、脱酸素能力と衛生上の問題を考慮して鉄粉を選択した。「白がゆ」の容器はスタンディング・パウチでありフィルムの厚みは100ミクロン程度であることから、鉄粉はその中に納めるためにかなり細かい必要があり、鉄粉メーカーと開発を行なった。鉄粉が細かければ細かいほど表面積が大きくなり脱酸素能力が上昇したが、ある粒径以下になると空気中で速やかに自然発火してしまうことが判明し、ぎりぎりの粒径の選択及び発火防止対策を考案した。
写真2 酸素吸収包材(フィルム)の断面
次に、鉄粉が速やかに酸化して酸素を吸収するために必要な吸湿剤と塩の検討を行ったが、鉄粉へのコーティング工程や樹脂への混練工程で吸湿剤が空気中の水分を吸収し、それがフィルム製膜の加熱時に水蒸気となり発泡することにより、膜にならずに水切りネット状になるトラブルが発生した。ぎりぎりのスケジュールの中、フィルム製膜前の吸湿量を極小化する工夫を見出すことにより何とか解決することが出来た。開発途上においてはこの他にも大小さまざまな課題が顕在化したが、対策を考案することにより何とか実用可能な酸素吸収包材の開発を完了した。最終的に仕上がった酸素吸収包材を用いた「白がゆ」の官能評価においては、当時の既存商品の「白がゆ」よりも大幅に味覚が向上していることが確認され、1998年8月の「白がゆ」改訂時から酸素吸収包材に切り替わった。
最後に
酸素吸収包材を用いた「白がゆ」が発売されて早13年になるが、これまでトラブル無く、販売も順調に推移している。今でも、お客様から『美味しい』というファンレターを時折頂いている。本商品及び酸素吸収包材が開発出来たのは、ひとえに社内外の関係者の熱意あるご支援のおかげである。この場を借りて感謝申し上げます。
現在では鉄系に加えて有機系の脱酸素剤を使用した酸素吸収包材も世の中で実用化されており、食品の品質向上に役立っている。
(執筆者:小林義浩、味の素パッケージング株式会社)