理事長のことば

一般社団法人 日本食品包装協会 理事長 石谷孝佑

「包装は景気のバロメーター」とよく言われます。当協会が担当している食品・包装業界は、食品産業と包装産業にまたがる分野ですが、その規模と多様性、付加価値の重要性などには非常に大きなものがあります。東日本大震災の時にも、工場が被災して包装資材の供給ができなくなり、食品工場の生産がストップするという事態も発生し、改めてその重要性と責任の重さを再認識させられました。

当協会は、元農林省食糧研究所(それに続く農林水産省食品総合研究所、独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構・食品総合研究所)の指導のもと、昭和36年(1961年)10月に、東京で「食品包装研究会」として発足し、2年後の1963年(昭和38年)に大阪で発足した「関西食品包装研究会」と1966年(昭和41年)10月に合併し、全国的な組織としての「日本食品包装研究協会」の体制が確立されました。その翌年の1967年(昭和42年)の春までには、様々な活動を開始し、産・学・官の連携による食品包装の研究発表会、シンポジウムの場としての「第1回食品包装研究協議会」(第25回以降は「食品包装シンポジウム」に名称変更)が、多くの食品包装の研究者・技術者の参加を得て盛大に開催されました。

当協会は、国民生活に不可欠な食品包装に係わる食品業界、包装資材業界を中核とし、行政組織、公的研究機関・大学等の学術団体、環境保全関連の団体、消費者・生活者等の参加を得て、相互の連携・協力を促進し、食品包装に係る生産・利用活動の強化、経済活動の活性化、社会制度の充実等を図るとともに、食品包装に係る科学技術の振興を通し、食の安全・安心の向上、環境の維持・向上、消費者への適切な情報提供、国際協力の推進等に必要な諸事業を行い、もって日本国民の生活向上に寄与することを目的とし、これまで活動をして参りました。(別表「日本の社会、食生活と経済、食品加工・食品包装技術等の発展と(社)日本食品包装協会の歴史」を参照)

食品包装は景況によって影響されにくい分野で、包装資材の約6割が食品であるとされており、食料品の出荷額は、1991年のバブル経済の崩壊後も順調に伸び続け、1998年にピークを迎えた後、景気の低迷や少子化・高齢化を反映して徐々に減少する傾向が見られています。包まれる食品には、生鮮食品から高度に加工された加工食品まで性質の異なる多くの種類があり、用いられる包装資材や包装形態、包装技法なども異なり、極めて多様です。

当協会は、「食品包装における産官学と消費者との連携」を理念に、食品業界・包装業界や国・県・大学等の技術開発研究の成果を共に学び、国の政策の方向を見定め、消費者の要望を聞き、日本の食品・包装業界の技術的な発展を支援してきました。また、話題になっている技術開発研究の課題のみならず、タイムリーな社会問題、時代を先取りした技術的問題などを積極的に取り上げ、お互いに勉強し、提言を行ってきました。

そして、食品包装研究会は研究協会になり、任意団体から一般社団法人に体制を強化しながら発展してきました。特に、平成16年(2004年)頃には、組織のコンプライアンスが厳しく問われるようになり、平成18年6月に一般法人法が施行され、すぐにこれに取り組み、平成20年1月に一般社団法人化を果たしました。

食品産業は、食品製造業、外食産業、食品輸送業から構成されており、産業規模は2000年に約90兆円であったものが、2009年(平成21年)には約80兆円になり、食品包装用の資材はその5%の4兆円程度と考えられます。「食品包装」は、食品産業にとって非常に重要な課題であり、奥の深い大きな技術分野です。また、非常に学際的・業際的であり、そして、日常生活にとっても重要なものです。これほど重要な技術分野であるにもかかわらず、日本の大学では、食品包装について「ほとんど教えていない、研究していない」という不思議な分野でもあります。それだけ、私達の行っております若い人達のための「人材育成講座」や「セミナー」、「研究会」、「勉強会」などの日頃の活動が重要であると考えております。

当協会は、東日本大震災の年(2011年)に創立50周年を迎えましたが、記念式典は諸般の事情により翌年に延期し、2012年10月に行いました。これまで長きにわたって協会が活動してこられたのも、ひとえに関係者のご協力・ご支援の賜物と感謝しています。

一般社団法人日本食品包装協会
理事長 石谷孝佑